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仕事の分業化とゆでガエル構造について

自分は会社勤めしていないけど、社会人サークルを長年やってきたので、ゆでガエル構造がどうやって起こるかが何となく見えてきたんですよね。

端的に言うと、多くの会社や組織体って、分業でなりたっていることが多く、業務全体を見る視点を持ちにくいんだろうなと思います。総務や人事、営業など…。

そうすると何が起こるかというと、責任の所在が曖昧になるということ。

自分がやっていたサークルで言うと、問題が起きると、あいつが悪い、運営者が厳しくなったとか言い出す始末。誰も起きたことに責任を取ろうとしない。

でも、本来は全員が場に責任を負っていなければいけないはずなんですよね。

じゃないと、何か不正や問題が起きても、見ていないとか、見ないふりをしてやり過ごすと、それは実は場の空気が少しずつ歪んで来てしまうんです。

ほとんど全員がそういう感じだと、場の質は保たれないわけだから、誰かにしわ寄せが行って、感性のある質の高い人から抜けていく。

すると、残った人は、何も感じない人ばかりになって、いわゆるゆでガエル状態になる。

場が回っていて、見た目には問題なさそうに見えるから、問題にも気づけないので、まあこんなもんだ。楽しいねって言って、実は質の低い場に安住することになる。

簡単に言うとそんな感じですかね。

自分はそうなるのが嫌だったので、サークルの最後の方は問題を起こす人を整理したんですけど、そうすると連鎖的に場に依存していた人たちがごっそり抜けて行ったんですよね。

壮観な眺めではありましたけど、ほとんどの人はなぜそうなったか理解できなくて、運営者の責任に戻そうとしていましたけど、それは結局全体を見通す視点を持ち合わせてなかったからなんですよね。おそらく、会社などで分業などに慣れているから、どこに問題があったか理解できなかったんだと思う。

だから、自分の行動に問題があったとは思えない、思いたくない。だから、責任を長年場を支え続けてきた運営者に押し付けようとする。楽な商売ですよね。自分は好き勝手に振舞って、責任だけは運営者に押しつけるんだから。

それで、もうこれは説明し続けても理解してもらうことは無理だと悟って、自分はその責任を本人に返すために自ら去ったということなんですよね。

なかなか残酷な現実を見ましたけど、それくらいにその人の無意識の生き方が場に出るとも言えると思いますし、その人の生き方と場の質は実は比例していくのかもしれないですね。

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